Archive [2005年11月 ] 記事一覧

大榾を足してねまるや谷戸の家

今は、囲炉裏のある家庭は少ないと思いますが、その趣きをよしとする温泉宿などでみかけることが多くなってきました。むかしは囲炉裏だけが冬の暖をとる手段だったのかも知れませんが、囲炉裏の火にあたっていると、心地よい睡魔に襲われます。あの心地よさは、電気ストーブやエアコンでは味わえないでしょうね。...

山神の怒りや如何に藥喰

昔の人は肉食を禁じられていましたが、寒中の滋養のため、猪肉や鹿肉などを薬と称して、こっそり食べていたそうです。現代人にとっても、これから益々寒くなってくると、鍋料理は欠かせなくなります。皆さんのお宅でも、今夜は、きっと!...

枯野より枯野へ風の渡りけり

枯野の俳句と云えば、なんといっても高浜虚子の「遠山に日の当りたる枯野かな」ですが、もの哀しさを離れた句には成り得ない季題でしょうね。他にも、「秋の暮」、「初時雨」、「凩」など、この季節に寂しさを表現する季題が多いのは、山々の枯ゆく姿に重ねて、納得せざるを得ません。...

裏山に人骨いくつ神の留守

冷え冷えとした夕闇の山を見ていると、その昔、戦で倒れていったあまたの命が眠っているような想いにとらわれてきます。日本の歴史は、殆どが戦に明け暮れていたのですから、至る所に人骨が埋まっていても不思議ではない?、ですかね。...

湯の川の流るゝ里の帰り花

冬の兆しが感じられる浪花となりました。皆さんお住まいの地域は如何でしょうか?川に湯の流れている温泉地がありますが、川から立ちのぼる湯煙には旅情を掻立てるものがありますね~。冬は、やっぱり温泉ですか。...

しくしくと胃の腑に愁ひ文化の日

子殺し、親殺し、弱者への見殺し政策のまかり通る日本に、文化はあるのでしょうか。...

わらんべの掌に無患子の二つ三つ

無患子の種は羽子板の羽根の球や数珠に利用されますが、昔の人は果皮を煎じて石鹸の代用にしていたそううです。私達の子供の頃は、山に落ちている木の実は、種類を問わず遊びの道具としていましたが、いまの「わらんべ」はどうなんでしょうね。自然ばなれしていく子供に、命の大切さを教えるのは難しいでしょうね。...

左サイドMenu

プロフィール

幢舟

  • Author:幢舟
  • 写真と俳句のコラボレーション

最近の記事

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

右サイドメニュー

ブログ内検索